最高裁判所第三小法廷 昭和63年(あ)1102号 決定 1994年7月20日
主文
本件各上告を棄却する。
理由
一 弁護人間辺大午の上告趣意について
1 所論は、証券取引法一二五条二項一号後段及び同条三項の各規定(昭和六三年法律第七五号による改正前のもの。以下同じ。)が不明確であるとして、憲法三一条違反をいう。
しかしながら、証券取引法一二五条二項一号後段は、有価証券の相場を変動させるべき一連の売買取引等のすべてを違法とするものではなく、このうち「有価証券市場における有価証券の売買取引を誘引する目的」、すなわち、人為的な操作を加えて相場を変動させるにもかかわらず、投資者にその相場が自然の需給関係により形成されるものであると誤認させて有価証券市場における有価証券の売買取引に誘い込む目的をもってする、相場を変動させる可能性のある売買取引等を禁止するものと解され、また、同法一二五条三項は、同条二項の場合とは異なり、「有価証券市場における有価証券の売買取引を誘引する目的」をもってするものであることを要しないことは、その文言から明らかであるから、右各規定の構成要件が所論のように不明確であるとはいえない。したがって、所論は前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
2 所論は、証券取引法一二五条三項の規定について、罪刑の不均衡があるとして憲法三一条違反をいうが、その実質は証券取引法一二五条三項の解釈の誤りをいう単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
二 弁護人仁科哲外三名の上告趣意について
(1) 憲法三一条違反をいう点は、証券取引法一二五条二項一号後段の規定が所論のように不明確であるといえないことは前示のとおりであり、(2) 憲法七三条六号但書違反をいう点は、証券取引法施行令二〇条一項(昭和六三年政令第二四二号による改正前のもの。)の規定が、証券取引法一二五条三項の委任の範囲を超えるものではないことは明らかであり、(3) 憲法二九条二項、二二条一項、一三条違反をいう点は、原審において主張、判断を経ていない事項に関するものであり、(4) 判例違反をいう点は、原判決が判断していない事項に関するものであるから、所論は、いずれも前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
三 職権をもって、刑法六五条一項の適用の要否について判断する。
原判決は、証券取引法一二五条二項一号後段に関する本件第一の変動操作の罪及び同条三項に関する本件第二の安定操作の罪は、いずれも有価証券市場における売買取引をしたことを内容とするものであり、同法一〇七条(昭和六三年法律第七五号による改正前のもの。以下同じ。)によれば、有価証券市場における売買取引は、証券取引所の会員に限られるのであるから、右各罪は証券取引所の会員によってのみ犯すことができる、刑法六五条一項にいう身分によって構成すべき犯罪であって、証券取引所の会員としての身分のない被告人栗﨑達及び同間邉隆一の本件第一の変動操作の罪及び同第二の安定操作の罪については、いずれも同条項を適用すべきであったのに、これを適用しなかった第一審判決には法令の適用に誤りがある旨判示している。
しかし、証券取引法一二五条二項及び三項は、いずれも禁止行為の主体を「何人も」と規定しており、証券取引所の会員以外の者は右会員に委託することによって有価証券市場において売買取引を行うことができるのであるから、証券取引所の会員以外の者も右各条項の保護法益を侵害することができるのである。また、同法一〇七条の趣旨は、同法八〇条二項により証券取引所が会員組織であることを要することから、証券取引所の会員に限って有価証券市場における売買取引を行うことができることとしたにすぎず、同法一二五条二項及び三項の規制の対象まで証券取引所の会員に限定する趣旨のものであるとは解されない。右の諸点にかんがみると、同条二項一号後段の変動操作の罪及び同条三項の安定操作の罪は、いずれも刑法六五条一項にいう身分によって構成すべき犯罪ではないというべきである。
したがって、原判決の前記判示は前記各法条の解釈を誤ったものというべきであるが、原判決は結局第一審判決を維持しており、右違法は判決の結論に影響を及ぼすものではないから、刑訴法四一一条は適用しない。
よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信)